武装解除にチャレンジした1人の日本人

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武装解除にチャレンジした1人の日本人

塾長ブログ

2022/01/20 武装解除にチャレンジした1人の日本人


鉛筆を持った生徒

 

 

アフガニスタンの武装解除計画に加わった1人の日本人

 

 

 

2003年10月24日、約1000人の兵士たちが、アフガニスタンの小さな町を行進してました。その国の大統領は彼らを見つめていました。1人の日本人女性が大統領のすぐ傍にいました。

 

彼女の名前は瀬谷ルミ子と言いました。

 

それは、兵士たちが自分の銃に別れをを告げる儀式でした。

戦争は終わった後、大統領は言いました。そして兵士たちは武器のチェックを受け、それらを手放しました。それと引き換えに、彼らは2つのものを受け取りました。

 

それは大統領の署名入り証明書と、彼らの国旗を示すリボンのついたダルです。

 

儀式の最後に、将校が全ての銃を倉庫に入れ、3つの鍵をかけました。そのうち1つは国連が、もう1つは日本が所持するためのものでした。残りの1つはアフガニスタンが所有することになっていました。

これが3カ年計画の始まりでした。

 

瀬谷さんは、ボランティアとして国際連合で働いていました。その後日本の外務省に依頼され、アフガニスタンの武装解除計画に加わりました。

2003年6月、彼女がカブールに到着したとき、戦闘は終わっているという話でしたが、実際にはたくさんの人々が、銃を持って通りを歩いていました。

 

プロジェクトチームは、兵士たちから武器を集めることから武装解除を始めました。それが終わると、チームは彼らのために仕事を探そうと試みました。

瀬谷さんと他のメンバーたちは、元兵士たちと面接し、彼らがどんな仕事に興味があるかを知り、その仕事のために彼らを訓練しました。

 

面接を受けた人達の中には、地雷の撤去を選んだ人達もいました。彼らが地雷を地中から掘り出すと、住民たちは彼らの仕事に感謝をしました。このことが、今度は彼らを喜ばせました。

 

このようにして元兵士たちは徐々に一般市民となっていたのです。

瀬谷さんはプロジェクトトスタッフが、武装解除を遂行するための様々なアイデアを考え出したこと覚えています。

 

儀式の際のメダルを手に取ってみましょう

確かに戦争は多くの罪のない人々に被害を与えました。しかしながら、兵士たちは兵士であることを誇りにしているのです。
中には、自分の銃を手放さなければならないとき、嫌な気持ちになる人達もいます。メダルは彼らのプライドを保つ役割を果たしたのです。

武器倉庫の3つの鍵についてはどうでしょうか

もし鍵が1つしかなかったなら、兵士たちは彼らの武器が、彼らを攻撃するために使われるかもしれないと、脅えたことでしょう。
最初の2つの鍵は、国際社会が協力するというメッセージだったのです。
アフガニスタンに渡された最後の鍵は、アフガニスタンもまた、銃のない社会をつくる責任を負うべきだ、ということを意味しています。
これらのアイデアのおかげで、3カ年計画は完了に至ったのです。
7歳だったあるひのこと、ツ瀬谷さんはカレンダーを見ていました。
彼女は突然、思ったのです。
私は悔いのない人生を送ろう。彼女は1日1日の大切さに気付いたのです。
その後、高校3年生の時にテレビで見たものが、人生の進路を決めました。
戦争で荒廃したルワンダで、涙を浮かべた少女が、瀕死の母親を起こそうとしていました。
家でお菓子を食べながら、戦争で殺される人々を見ている。私ってなんだろう。
彼女は自問しました。
私がもし日本の首相なら、今すぐに可能な限り、たくさんの食料と薬を送るのに。
なぜ誰もそうしないの?
そのとき瀬谷、さんは決心したのです。
瀬谷さんは、現在の平和貢献プロジェクトに、彼女と共に参加してくれる人を待ちながら、日本で働いています。

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